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12:綺麗に繕った感情
(剣/本編終了後)
志村と睦月の橘さん語り(みたいなもの)。志村はアルビノジョーカーではなく、警察官やめて新生BOARDに入ったという設定。苦労してます。
剣崎の失踪から4年後のお話です。
*前提*
「賭けかもしれない」 アンデッドを人間にする
34:忘れてはならないもの 人間らしくなっていく始さん
いくらノックしても開かないドアに業を煮やし、こっそり支給してもらったカードをリーダーに通す。橘の研究室に踏みこんだ志村は、机に突っ伏している白衣を見つけてため息をついた。
「何度目ですか、チーフ……」
答えは返らない。
部屋に――志村は、橘の自室を家とは断じて認めない――帰った形跡が全くなく、携帯電話でも連絡が取れない。しかも、館内放送をかけてもうんともすんとも応答がない。
もしやどこかで倒れているのではと心配になり――こっそり倒れていた橘が、医務室に運ばれたことは何度となくある――禍木と三輪にも声をかけて探していたのだが。
まさか、ずっと研究室に閉じこもっていたとは。
一体、何日くらい帰っていないのだろう。
そっと近づいてみた志村は、橘が「大変なこと」になっていないことを確認して、ほっと胸をなで下ろす。
そういえば、どれだけ泊まりこむことになっても、あるいは徹夜することになっても、橘が見苦しい格好をしていたことはなかった。周囲が無精ひげの集団になっていても、なぜか、彼だけはむさ苦しさがなかった。
睦月に理由を聞いたら「橘さんだからですよ」と返され、どんな反応をすればいいかわからなかった。不覚だ。
(さて……起こすべきか、そっとしておくべきか)
いたわるならせめて仮眠室へ連れて行くべきだろうが、目を覚ましたが最後、志村の制止などあっさり振りきって、研究を再開してしまうだろう。
だが、書類に埋もれるように眠っている体勢が、体にいいとは思えない。ただでさえ、少し猫背気味なのに。
葛藤していると、橘の背がもぞもぞと動いた。ぎょっとして思わず呼吸を止めるが、橘はわずかに腕を伸ばしただけで、そのまま寝入っている。
ほっと息をついた。
「あの」
不意の囁き声に飛び上がりそうになった。
志村が慌てて振り返ると、不安そうな顔をした睦月が、志村の肩越しに橘の様子をうかがっている。
見れば、彼の手にもこの部屋のカードがあった。
首に下がる身分証は、新生BOARDに1枚しかないアルバイト用のものだ。睦月が渋る橘を拝み倒し、嫌がらせのように通い詰め、むりやり勝ち取った。
「橘さん寝ちゃってます……ね……」
「また家に帰ってないようです」
「ご飯も食べてないんじゃないですか、きっと」
睦月が指さす先には、パウチ飲料の残骸がてんこ盛りになったくず入れがある。
「きりがいいところまで、一段落ついたら……ってずるずる来て、きっとここまで来ちゃったんですね」
「この様子だと、おそらく3日は帰ってませんね」
「橘さん、昔からずっと無茶する人でしたから。けがばっかりしてましたし……僕のせいもありましたけど」
睦月は苦笑まじりに言った。その辺から毛布を引っ張り出し、眠りの底に沈む橘の肩にそっとかけてやる。
志村はわずかな疎外感を覚え、小さなため息をつく。見上げた天井の蛍光灯は、わずかにちらついていた。
アンデッドを世界から消滅させる。それが志村の願いだ。
だから一刻も早い完成を望んでいるが、それで橘に体をこわされてはたまらない。志村にできること――手伝えることは、実はとても少ないのだ。
アンデッドの研究を専門にしていた人間は意外に少なく、本物と遭遇して生きのびられた人間はもっと少ない。アンデッドを人間にする研究に必要な資料など、ひとつとしてなかった。
それをゼロ――いや、マイナスから始めたのだ。いくら優秀な頭脳と、戦いを生き抜いた経験があっても、十分すぎるほどに厳しい。
志村にとって、橘はなくてはならない人だ。けがを負い、警察官として嘱望されていた未来をなくしたとき、たまたま同室になった橘と出会った。親しく話を交わして、BOARDにスカウトされることがなければ、こうして生きていたかどうかも危うい。
ああもう、とつぶやきながらせっせと――しかし音をたてずに片づけをはじめた睦月と、眠りこけている橘の背を見つめ、志村は喉をさすった。
効き過ぎた冷房の温度を、少し上げる。
(私がもっと見ていなくてはならないかな……無理しないように)
志村は、敬愛する先輩を、ダークローチによって奪われた。アンデッドを人間に変える研究は、ある意味、志村にとって復讐でもあった。
どこに発表することもできない、身内のためだけの研究だが、烏丸は文句ひとつ言わず、莫大な研究資金を落としてくれる。
橘はその才能と経験を最大限に使い、研究に明け暮れている。自身の細胞を採取し――一時は、アンデッドにかなり近づいていたらしい――研究材料として使ってきた。繰り返し繰り返し、自分の一部を殺してきた。
睦月は忙しい学生生活の合間を縫い、研究所に手伝いに来てくれている。
彼らはみんな望んでいるのだ。志村の知らない青年、剣崎一真の帰還を。そして、最強のアンデッドであるジョーカー――相川始と、彼が愛し、彼を愛する少女の幸せを。
だから志村は言うのだ。「僕は、少しでもアンデッドに悲しまされる人間を減らしたいんです」と。
誰も疑わない。本当はアンデッドに復讐したいと考えているなんて。
「そういえば、君はなぜここに?」
「橘さんに用があって」
「……用?」
「僕、来年卒業するんですよ、大学」
そういえば、彼はもう21歳だ。一緒に仕事をするようになって3年あまりになる。
睦月が廊下を示した。
ふたりはそろって廊下に出る。
「烏丸さんはいいって言ってくれてるんですけど、橘さんが大反対なんです」
「なにがですか?」
「BOARDに入るの。レンゲルバックルも、まだくれないし」
睦月の声に、思わず苦笑した。むっとしたように黙りこむ睦月の横顔を見て、若いな、とこっそり心の中でつぶやく。
いくらも年は変わらないのに。
橘は、睦月に刻まれたライダーとしての記憶を、なるべく呼び起こしたくないのだろう。それは、本来なら彼に科せられるべきものではなかったから。
だが、それを口に出して本人に言えるほどには、橘は割り切れていないのだ。だから、言葉少なに反対するのだろう。「他の道を選べ。いつまでもライダーにしばられる必要はない」と。
手が足りないことなど分かり切っているのに――睦月も知っているのに、橘はそれでも最善を探しているのだ。
睦月にとって、もっとも良い道がどこにあるのか。それを見つけるのは彼の仕事ではないのに。そして、睦月自身は、それがどこにあるのかを知っていて、つかみ取ろうと努力しているのに。
「反対する理由があるんですよ、彼には」
本人に言ってやるほど、志村は甘くない。
睦月は小さく息をついた。
「わかってるんですよ……負い目あるって。あいつに飲みこまれたのは僕が弱かったからなのに、橘さん、自分のせいだって思ってるから」
思わず見やった睦月の横顔は、口調とは裏腹に、淡々としている。
そんなの関係ないのに、と小さくつぶやいた睦月は、はっと我に返ったように目をしばたたいた。ややうろたえたように志村を振り返り、うろうろと視線を天井にさまよわせる。
特に気を引くようなものは何もない。
わかりやすく動揺している睦月はとりあえず放っておいて、志村は独白した。
「とりあえず、一時お預けかな」
「……どういうことですか?」
「チーフが起きてくれないと、どうにも。シャーレに変化があったんですよ」
「それってもしかして、G-13ですか?」
「アンデッド化したチーフの細胞が、ほんの少しだけど人間に戻ってるんです」
「それなら起こさないと!」
「待ちなさい。チーフは、もう何日も寝てないんですよ!?」
部屋にとって返そうとする睦月の腕をつかむ。
睦月は志村を振り払わなかった。静かな、しかし冷たい視線を向けた。
志村は何を馬鹿なことを言っているのだろう、わずかないらだちに、睦月は唇を噛む。
この人には、きっと言っても分からない。
橘は限界まで無理をしたいのだということが。
彼の限界は、こんな近くにはない。もっと遠くもっと深く――それこそ、発狂に踏みこむ一歩手前の、本当にぎりぎりのところにあるのだ。事情も知らないから寝かせてきてしまったが、目覚めた橘がシャーレの変化を知らされたら、何をおいても地下の隔離実験室に駆けつけるに違いない。
カテゴリーアンノウンの出現があったとしても、迷うことなく志村たちに任せて。
「橘さんが何のために研究してるのか、知ってますか?」
「……彼の友人を取り戻すため、でしょう?」
そして、ジョーカーを人間にするため。
睦月は小さく頭を振った。志村の手を優しくふりほどく。
「……では、罪悪感だとでも言うつもりですか?」
「橘さんはそんな小さな人じゃないですよ」
「じゃあ、何のために?」
「……みんなに幸せになってほしいんですよ。自分はもうなれないからって言ってました。4年前の戦いが終わったあと、橘さん、変わっちゃったんです。自分のためには笑わなくなった」
「そんな風には見えませんが」
「頭良くて、何でもできて、でも、すっごく素直な人だったから。さんざん利用されたんです。だから」
志村には理解できない理由だった。
アンデッドを人間にする研究が、他者の幸せのためなどとは、到底信じられない。そんな漠然としたもののために、あれほどの労力を注げるはずがない。
「大切な人が死んでしまったって」
志村は息を呑む。そんな話、初めて聞いた。
「だから、もう、誰にもなくしてほしくないんだそうです。そんな理由で何でもできちゃうんですよ、あの人」
睦月はわずかな笑みさえ含んで言う。
研究の合間にカリスバックルやレンゲルのラウズアブソーバーを設計して完成させ、ブレイド、ギャレン、レンゲルのバックルをバージョンアップさせた。そして、準ライダーとも言えるケルベロスシリーズと、漆黒のコモンブランクを作り出した。
まるで、カテゴリーアンノウンの出現を予期したかのように。
自らも現役ライダーとして戦いながら、志村、禍木、三輪を指揮して、思い出したように現れるカテゴリーアンノウンを封印し続けている。
それだけむちゃくちゃなことをしておきながら、根本の理由が、みんなに幸せになってほしい?
あまりにばかげている。
反論しようとして、睦月に機先を制された。
「あの人の目を覚まさせるのは、僕たちじゃない。人間になった相川さんと、剣崎さんなんです」
「だから……一刻も早く研究を成功させる、と……?」
「寝てる暇なんてないこと、あの人がいちばんよくわかってます。今の生活を続けてたら、そう遠くないうちにぽっくり逝っちゃいますから」
睦月はこんなに口が悪かっただろうか。
志村は頭を抱えこみたくなった。どう考えても、これは禍木の影響だ。
お灸を据える必要があるな、と、どうでもいいことを考える。パニックになっている証拠だと自分でも思うが、何をどう整理したら思考が追いつくのか、よくわからない。
カードをリーダーに通そうとした睦月が、そうだ、と手を止めた。
「ギャレンバックルは志村さんが持っててください」
「なぜです?」
「パニックになると思います、橘さん」
「……はあ」
「たぶん、ギャレンに変身して駆けつけようとするので」
もう、志村は何も言えなかった。
果たして、その日のBOARDでは、白衣を翻して廊下を全力疾走する橘と、その後を決死の形相でついていく志村、必死にあとを追う睦月の姿が、数少ないスタッフの話題となったという。
数日後、烏丸が橘に休みを取らせる方法で頭を悩ませていると知った三輪が、何とも言えない表情で志村に相談しに来るのは、また別のお話。
* * *
橘さんはどこまでも無茶をする人だと思います。まわりになめられないように(?)こっそり身繕いを整えている人。
ダーク睦月でも忘れたがり睦月でもなく、高校生時代の睦月の口調がいまいちよくわからない罠。家にあるのはMISSING ACEだけ。